Average Joeブログ

個人的な日記を毎日更新ニキ

今日 46 (2019/07/14)

渋谷で映画『ニューヨーク公共図書館』を観た。

4時間弱のドキュメンタリー。前半と後半の間に休憩時間があって、前半の終わりには寝てしまった。

主なシーンは、市民に開かれた図書館の様々なプログラムのシンポジウムの様子を登壇者の視点で写したもの、図書館職員がカウンターで市民に対して対応している様子、職員の会議やMTGでの議論の様子、閲覧室や書架での利用者の様子、館内や街中の風景。

カメラの目を意識している人が映ったシーンが観た限り一つもなかったのが感心した。なので、会議でのシーンでは自分もその中にいて問題について何かアクションしなきゃいけないのではと思わせられるところがあった。

図書館ではその傾向が強いのかもしれないが、活発に働く職員に女性が、特に現場では若い人が多くいる印象を持った。

ニューヨークではごく身近な問題なのだろうが、黒人文化図書館での議論のシーンが多かったが、我が黄色人種についての議論のシーンが一切なかったのが気になった。

あと何だったけな、こういうのに、まとまった意見を書くの苦手だし、なんかこうそれっぽくならないんだよな。市民図書館で市民のネットワーク環境普及率が問題になって、Wifiルータの貸し出しを無償か低価格で行なっているってのに驚いた。そんなことまでしてくれるんだな。

どんな会議のシーンでも「予算」の拡大とか、予算内でどんなサービスができるかという議論が行われていた。そのサービスが成功したら職員成功したら職員が昇級するのかどうか知らんけど、その予算内での仕事のため、各人が極めてプライドを持って仕事をしているように見えた。まあスケールが違うよなあ。

そんなことを、映画館の近くにあったDaznのいけ好かねえカフェで書いている。二十代前半くらいの男が全員MacBookをダラダラいじってて、全員が高校までサッカー部入ってましたみたいななりをしている。Daznのカフェなんでサッカーの試合が店内のいたる壁で流れてるんだけど、浦和対横浜の試合が一番めぼしい試合なんだが、その試合を写す画面の前に陣取ってるサッカー部の男はサッカーそっちもけでMacBookを触っていて、自分の位置からはそいつの頭が邪魔で試合がよく見えない。

なんつーか、自分の仕事のために一生懸命になるって楽しいことだよなと、休日ながら思った。自分も大学図書館でアルバイトしていたし、できれば今後図書館の仕事に関わりたいと思っているが、果たして日本の図書館で働いて自分がやりがいがあるかどうかはかなり微妙だなと思う。最近は休日はとにかく掃除洗濯しかできていないが、何か目的持って勉強なり創作せねばなと思えただけでもよかっただろうか。

「図書館は民主主義の柱」なんだってさ。そういう文化日本にはないよな。見上げたもんだよ。映画について思ったことあったらまたここに書く。これは誰のためのメッセージだろうか。

 

大学院を去って2年以上が過ぎ、研究をしたかったけどそれを(一旦?)諦めて日々仕事しているけれど、自分がしていた研究がいかにくだらなかったか、だんだんとわかってきた。それは人文学がなんでもくだらないといっているのではなくて、自分が固執していた視点が、実生活からかけ離れていて、分野を超えた人の興味はおそらく引き得なかっただろうなということがだんだんと判断できるようになった。社会で働くのは、そういう意味でもよかったのかな。たとえ研究を再開したとしても、20代中盤まで大学在籍からダラダラと続けた分野ですることはおそらくないだろう。今度は、どういう分野かな、仕事につながる研究か、繋がらなくても、実生活との関係でちゃんとそれなりの接点があることを研究したいと思う。